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廃業届を書いた日の話|美容室を閉めると決めた私が最後に考えていたこと

※本ページはプロモーションが含まれています

今でも忘れられない日。

美容室を閉めると決めて、廃業届を書いた日のこと。

あの用紙に名前を書いている時、

「本当に終わるんだな」

と改めて実感するとともに、色んな想いが溢れてきてた。

これを読んでいるあなたにそんな瞬間が訪れないことを願うが、当時の私がどんなことを考えていたかを書き残しておく。


目次

自分の美容室を本当に閉めるのか?決めるまでの葛藤

「まだ何とかなるかもしれない」

お客様をもう少し増やせたら…広告の効果が出て来月には上向くかもしれない。

そんな楽観的な考えばかりが頭をよぎるが、今までの延長線上での取組しかしてない現状で、来月に劇的に変わるわけがないことは当時の終わり間際数ヶ月で十分過ぎるほど理解していた。

まだやれることは何かあるはず!

諦めたらそこで終わりだ。

終わりたくない。

希望を捨てられずにずっとグジグジ悩んでいた私。

どうにかしたい気持ちはあっても、どうにかできるラインはとっくに過ぎていた。

資金もショートして、続けたくとも続けるための資金がもう底をついていたんだ。

3年ももたずに美容室を潰すことの悔しさだけじゃなく、同期とか先輩後輩美容師仲間まわりに対する恥ずかしさも、自分の不甲斐なさも。

何でもっとこうしなかったのか?

色々考えては結局今の現状に引き戻されていた。

もう潰すしかないんだって。

幸いなことに、2年で借入してた分のある程度の金額を返済してきていたこと。

そして知り合いの美容室経営者にそのまま居抜きという形でシャンプー台やセット椅子など全てつけてまとまった金額で売り渡せることがほぼ決まったこと。(売れなければ店舗がスケルトンの現状復帰だったからさらに数百万かかっていた)

それだけが唯一の救いで。

致命傷にならずに閉められることに、実際には安堵していた気もする。


廃業届を書き始めることが出来なかった

今となっては随分昔の話なのに、未だにはっきり覚えている。

いざ廃業届を書こうとした時に、色んな想いが込み上げてきて最初は書き始めることが出来なかったんだ。

目の前に置いたまま時間だけが過ぎていく。

夜1人で書こうとしたもの悪かった。

どうしようもないのはわかってるのにそれでもお店を続けたいと思ってるから。

共同経営だったから2人で確認して話してもうこれ以上はダメだとなってお店を閉める決断をした後なのに…。

ただ引き伸ばしたかっただけかもしれない。

書き終わったら本当に終わりだから。(実際は提出しないと終わりじゃないけど)

少しでも長く。

自分の美容室なんだって思いたかったから。

色々な想いがよみがえる中嬉しかったことも、楽しかったこと、悔しかったこと、後悔したこともたくさんあった。

名前を書くとき、

「ああ、これで本当に終わりなんだな。」

何とか巻き返そうと営業してた最後の最後は本当に苦しかったから。

書き終えた時力が抜けると同時に、これで解放されると安堵していた自分がいた。


閉店は終わりではなく、自分の未熟さと向き合う始まりになっていく

美容室をオープンする前から閉めるまでの約3年間(準備期間入れると4年)は、今思えば失敗のオンパレード。

そりゃ失敗するだろ!っていうような選択や行動、考え方をしていたんだから当たり前。

「お前は独立するなら30歳超えてからの方がいいよ」

当時の店長の言葉を思い出す。

色んな事が未熟だった私はそんな言葉の意味を知ろうともせず、軽く流すだけで自分が正しいと思うことと思うままにやってきた結果が美容室を潰すことになったわけだ。

  • 物件選び(内外装設備含む)
  • 共同経営
  • 従業員雇用
  • 集客方法
  • 追加融資
  • 経営知識(お金の管理含む)

他にも色んな細々した失敗の理由はあるけど、大きな失敗した原因がこんなにある。

この中の1つじゃないんだよ。

全部だよ。

どれもうまくやればより良い結果にすることだってできることなのに、ことごとく失敗した。

各失敗談それぞれ書いてるので一度は読んでおいてほしい。

私の二の舞にならないように。

どん底まで落ちたらあとは這い上がるだけしかないから、必死に上を向いて歩きだす。

そんな簡単じゃなかったけどね。

これほどまでに未熟だった私も反省しまくって、この経験を絶対活かすと決めた。

もう一度、雇われだけど美容室に店長として働いた時にさらに経営について学んだ。

身近に成功してる経営者がいるんだから参考にしまくったね。

そして自分がいかに無知だったか、愚かだったかを思い知る。

その後色んな事を考えた末に美容師を引退することにし、お金の流れや経営を知るために経理になった。

(人生で一番考えた時期かもしれない)

小さなお店の経理じゃ意味がないのと、大きすぎて全体が全く分からないのも違うからと、中小企業規模のお店でお金が大きく動きやすい所がいいと思い全く知らない車業界へ。

本当によく飛び込んだものだわ。

そして当時知っておけばと思うような内容盛りだくさんの気づきを得ることになる。

数字の見方やお金の流れ。

圧倒的に自分にとってのプラスの経験と知識。

未熟さから目を背けずに向き合ってきて本当によかったと今なら心から言えるよ。


今だから思うこと

閉店したことは今でも苦い思い出で、誇れる経験だとはこれぽっちも思いません。

成功するにこしたことはないんだから。

でも隠したい経験とも思わないのも本音。

当時は単純にダメな要素が多すぎて結果当たり前にダメだっただけ。

そこから学び勉強し、経験して今があるからこそ今このブログを書けているわけ。

そして1人でも私の失敗を糧に、いい結果に繋がってくれればと思っている。


まとめ

廃業届を書いた日は、今までのことが特に思い起こされて色んな事を考えさせられた日になった。

本当に終わるという喪失感と、やっと解放されるという安堵感がいりまじってなんとも複雑な書き終わりだったことを覚えている。

だけどあの日があったから、しっかり前を向くきっかけにはなった。

本当に前を向いて歩きだすまでには立ち止まった時間は長かったけど、ちゃんと歩きだせた。

そして今は過去の失敗を誰かの役に立てたいと思えるようになった。

若いからこそ挑戦したほうがいいと私は思っている。

当時の私も挑戦した。

失敗はしたけど、挑戦したことは私の誇りだ。

このブログは、あの日の自分への手紙かもしれないなってふっと思った。

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